ひさびさ

お出かけをしてまして

ルンルンでした。

だから更新しますっ

思えばこのブログを始めたのも、

半年ちょっと前、渋温泉へ行った時に書こうと言われはじめたやつだったな。

今回は山代温泉白川郷&金沢に行ってまいりました。

文字にしてみるとすげえ北陸・中部を満喫してる感じになっている。

すごい。

とってもとっても楽しかった!!

雑多感が音泉温楽よりもすごくて

圧倒されてたけど楽しかった。

観光地巡りもベタだったけども

楽しかった♩




来月っていってももう2週間もないけど名前が変わります。


名前が変わることは受け入れられないと昔から持論を展開していました。

そんなこだわり、考え方を笑うような女性もいると思うし、まあわたしは変な方だから気にしてないんだけども。どうしてこんな考えなのか掘り下げていこうかなと思う。(暇だから)


名前が変わるというのはアイデンティティの喪失であるとわたしは思っている。

だってこれまで山田花子だったのに、御手洗花子になるんだよ、今日からって話なわけでしょ、極端な話。


そして変わる苗字はまあ選べない。

自分の苗字が気に入ってなかったら

変えるのはいいことなのかもしれないけど、親が最初名前をつける時って、出生時の苗字でバランスを考えてつけるわけじゃないですか。

だから苗字が変わることによってフルネームがギャグみたいになる、とかゴツくなること、が往々にしてありあるわけで。


名付けの際、親は佐藤さんだったら奇抜な名前をつけてもフルネームでバランス取れてるけど、名前が変わって御手洗になったら(二回目)とかを考えていない。やっぱり、佐藤で生まれたら佐藤で考えるわけだ。


そうなると、途端に苗字が変わったバランスが崩れることは起こる。起こりうる。わたしの名前の4番の3にさんずいがつくようになるように。(気にしすぎであることは自覚している、もちろん)


あと、20数年間共に過ごしてきた名前を今日から「はい、今日から御手洗です」なんてのを受け入れられるわけがない。笑

みんなそんなもんだと思ってきているかもしれないが、これはアイデンティティ剥奪である。

わたしがわたしで無くなる!

急に違う名前で呼ばれても振り返られないし!


なぜ!夫婦で同じ姓を名乗らなければならないのか。


このまま夫婦同一姓を続けていたら少子高齢化社会で少数苗字は無くなるし、国民の大体が佐藤、鈴木、高橋になるぞ!!!!(た、たぶん)


果たしてそれでいいのか!?!?!?


全員夫婦別姓にしろ!!

といってるわけではない。

選択制にしろと言っているだけ。

子どもの苗字は扶養に入った側の苗字にすりゃあ制度的にもまあ面倒くはないんじゃない?


でも夫婦別姓認めたら戸籍ガッチャガッチャになるからやりたくないんだろうねえ。その戸籍の管理のめんどさに見合ったメリットがないと思われてるうちは、まあ認められないんだろうなあ。

全部天秤にのせて、物事って決まっていくわけだ。仕方ないことだとは思うけど。でもわたしはそれでいいと思わないからなあ。


大人の世界はそうやっていろんな制度が構築されていくんだね。

怖い怖い。


だから今回は名前変わることに折れてやるけど、

夫婦別姓が認められた暁には、、、

とか色々考えているピザでした。